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コンプライアンスインストラクター・ハンドブック
(ケース指導編)

3.ケースメソッドの学習目標

 ケースメソッドでは、応用力や実践力の養成、当事者としての疑似体験による臨場感のある学習と相互啓発効果など、知識学習にはない効果が期待できる。反対に、このような効果が期待できないテーマであれば、手間のかかるケースメソッドを用いる必然性はないともいえる。

応用力の養成

 知識は使い方を含めて学ばなければならない。ケースメソッドでは、実際に知識を使ってみる場面が与えられる。ここでいう応用力とは、ある知識を別の知識と組み合わせることで、より高度な判断ができる能力である。たとえば、個人情報保護法に定められたルールの知識と情報セキュリティの実現技術を組み合わせて、業務改善案を考え出すことができる能力などがこれにあたる。この能力を知識学習だけで習得しようとすれば膨大な暗記に取り組む必要があるが、ケースを通じて活用場面を与えられれば、必要な知識を選択的に習得することができ、効率的な学習が可能になる。

実践力の養成

 ここでいう実践力とは、知識として学んだ考え方や手法などを、実際の場面に適用する際に必要な判断力(思考力)のことを指す。たとえば、「業務上必要な指導を、合理的な手段で行うことをパワハラとは呼ばない。」という知識を身につけ、具体的な判断事例を学んだとしても、実際の場面で「これはパワハラに該当しない。」と断言することは難しい。このような場合には、なぜそう判断したのかを、実際に行われた指導と、当該業務で必要とされる指導内容、およびその指導をこの場面で行うことの必要性を整理し、「該当しない」ということを立証する必要がある。このようなスキルは、実際に行う機会を与えられなければ身につかない。ケースメソッドは疑似体験の機会を与えてくれる。

わが身に置き換える

 制約が全くない場面で「ダメなものはダメ」と発言することはたやすい。しかし、そう主張することが自分の利益にならない場面では、異なる判断もあるだろう。たとえば、「ルールを守れば納期を守れない」という場面では、無意識のうちに、ルール違反が発覚する確率と発覚時のペナルティの大きさを予測し、納期に遅れた際のビジネス上の損失と比較するであろう。もし後者の方が圧倒的に大きいと計算された場合、それでもルールを守りきることができるであろうか。また、その結果として生じる損害に対して、自分は責任を負いきれるであろうか。そもそも、この計算結果に自信を持てるのであろうか。このような制約条件の存在する状況を与えられ、それを自分の問題として捉えたうえで選択肢を考えることにより、自分自身の思考の癖や判断のブレなどを確認することができる。また、自分の弱さと向き合うことができれば、ケースの状況が自分にとってどれほど危険なのかを理解することができるのである。これこそがケースメソッドの学習効果である。

相互啓発の実現

 さらに、上で述べた学習効果は、学習仲間の存在によって増幅される。この問題を他人はどのように考えるのか、自分の考えを他人はどのように受けとめるのかを確認することで、自分の意見を改めたり、確信したりすることができる。また、他人の意見そのものを参考に、自分の考え方を軌道修正することもできる。このような相互啓発効果を生み出すには、グループ検討や全体検討などの、意見交換の場面を設けることが必須である。

<5 Check Points>

  1. 応用力の習得が期待されるテーマを選ぶこと。
  2. 実践力の習得が期待されるテーマを選ぶこと。
  3. 制約条件(リスク、ジレンマ、コンフリクトなど)が存在する状況に自分自身をおいて考えることを求めること。
  4. 相互啓発を生み出すためには、意見交換の場を設けること。
  5. ケースメソッドは、ある程度手間のかかる教育技法である。