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コンプライアンスインストラクター・ハンドブック
(ケース指導編)

5.ケース作成の考え方

 ケース作成に取りかかる前に、その必要性を考えてみなければならない。ケースメソッドはそれなりに時間を要するために、学習効率を考えて採否を決める必要がある。また、現実ケースと架空ケースの長所/短所を考慮して選択すること。ケースの情報量については、学習時間と求める効果を勘案して、最小限におさえること。

ケースを用いる必要性

 ケースの作成に入る前に、これから実施しようとする教育において、ケースメソッドを用いる必要性があるかどうかの確認を行わなければならない。単純な知識習得を目的とする研修であれば、ケースメソッドのような手間のかかる手法は採用すべきではない。そのような研修で受講者の積極的な参画を促したいのであれば、クイズなどの利用で十分であろう。

副次的な学習目標

 ケースメソッドは、受講者に考えることで「気づき」を得てもらいたい場合に採用すべきであるが、それ以外の学習目標を副次的に含むことは可能である。特定の法令や制度の理解などがそれにあたる。ケース自体に関する討議が真剣であればあるほど、これらの知識も印象深く記憶に刻まれるものと思われる。

現実のケース

 MBAコースのケースメソッドで用いられるケースは、実際に存在する企業への取材によって作成されることが多い。現実のケースでは、「事実である」ということが受講者に臨場感を与え、議論のモチベーションを向上させる効果が期待できる。また、事実であるため「創作する」手間が省ける点もメリットである。しかし、コンプライアンス研修で用いるケースは不祥事事例であるため、作成のために利用可能な公開情報の不足が大きな制約となる。裁判になり判決が出ている事件についてはそれなりの情報が入手できるが、そのような事件は決して多くはない。いきおい情報源をマスコミ報道に求めることになるが、情報の正確性についての保証が得難いのが難点である。また、当該事件に関して多くの関連情報を保有する受講者とそうでない受講者の間で、議論の質と量に差が出やすい。また、講師の意図しない方向に議論が展開する恐れがある点にも注意が必要である。

架空のケース

 架空ケースは、得させたい気づきを念頭におき、学習ポイントを絞り込んで作成することができるため、効率的な学習を実現できる点で優れている。また、学習効果を左右するリスクとジレンマを組み込みやすい点でも優れている。そのため、一般にコンプライアンス研修では架空ケースの採用が多くなる傾向がある。しかし、シナリオと文章表現に気をつけなければ、受講者が「特定の結論に誘導された」と感じ、効果が低下する恐れがある。

社内事例の活用

 現実ケースを採用する際に阻害要因となりがちな情報不足の問題をクリアできるのが社内事例である。また、身近な事例であるので受講者の関心も高いであろう。しかし、事件の関係者が社内に残っていることが多いため、プライバシー保護などの観点から採用がためらわれることが多い。コンプライアンス研修では、労務管理上の問題事例紹介として、当事者を特定できないように修正して活用することが多い。

ケースの情報量

 ケースの情報量については、許容される学習時間と学習目標によって判断すべきである。短時間(30分以内)で議論と解説を行いたい場合には、400文字前後の情報量が最適である。全体討議を含め1時間程度の検討が可能な場合には800文字~1,200文字程度までの情報を扱うことができる。経験上、リスクやジレンマを組み込んでシナリオを構成する場合には、1,000文字前後が必要となることが多い。

<5 Check Points>

  1. ケースメソッドを用いる際には、まずその必要性の検討を行うこと。
  2. 学習目標は気づきの促進だが、副次的な目標を含むことは可能である。
  3. 現実ケースは臨場感があるが、情報が得にくい点で難がある。
  4. 架空ケースは学習効率が高いが、予定調和を避ける工夫が必要である。
  5. 社内事例の取り扱いでは、プライバシー保護に留意すること。