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コンプライアンスインストラクター・ハンドブック
(ケース指導編)

8.登場人物の設定

 受講者は登場人物の言動を中心に状況を理解する。短時間でケースの本質を理解させるために、登場人物の設定を複雑にしすぎないように注意しなければならない。また、受講者にどの登場人物の立場で検討すべきかを示すことも重要である。

受講者と登場人物

 登場人物、とりわけケースの主人公となる人物の設定は、受講者にどのような視点で検討させたいのかによって変わってくる。一般に、管理職が受講者であれば管理職を主人公にして、「主人公の判断・行動の問題点」について検討することが多いが、あえて部下を主人公とし、「部下の問題行動を許したマネジメントの問題点」について検討を求めることもある。まれに経営陣を主人公にして「誤った経営判断」について検討することもあるが、他人事になりやすいため、コンプライアンスへの興味を持たせる目的以外には使いにくいと思われる。受講者がケースの意図を短時間で正確に理解するためには、過度に複雑な人物配置を行ってはならない。

職位・階層の設定

 ケース作成においては、登場人物の職位・階層の設定が最も重要になる。コンプライアンス研修の多くが階層別に実施されることも理由の1つであるが、問題を前にした際、何が正しい行動なのかは、職位・階層別に異なってくることも多いからである。たとえば経営陣であれば、会社の存続と企業価値の最大化につながる意思決定が求められるが、管理職には業務成果の最大化に向けた問題解決の仕組みづくりと部下指導が求められる。監督職(係長・主任級)には個々の業務の統制と例外対応が求められ、中堅社員や若手・新入社員にも固有の役割がある。このような役割の違いを踏まえつつ、様々な違反事例をとりあげたケースを作成し、検討を求めることが必要である。

所掌事項の設定

 コンプライアンス経営を実現するためには、各部門が担うべきリスクマネジメント機能をきちんと果たすことも重要である。ケース作成においても、各部門が所掌事項を正しく理解し、その責任を誠実に果たしているかどうかを問うシナリオも多用される。たとえば、総務部門が文書管理の点検を行った際、経理関係の証憑の保存期限が守られていないことに気づいたとする。しかし、それを自ら言い出すことで自部門の責任を問われることを恐れ、「会計帳簿や証憑の管理は経理部門の所掌事項である」という規則を盾にとって「我々は、彼らが専門的見地から下した判断に介入すべきでない」という理屈をつけて、問題を放置したようなケースである。これは縦割りの組織風土の問題であるともいえるし、規則の趣旨を履き違えた判断という見方もできるであろう。

性別設定の必要性

 最近の傾向として、職場内で相手を呼ぶ場合、伝統的に男性を呼ぶ際の言い方として多く用いられてきた「○○君」という言い方は避けられる傾向がある。ケースの作成においても、男女を問わず「○○さん」という表現の方が好ましいであろう。登場人物については、受講者自身が男女のイメージを描いてくれれば良いという考え方である。しかし、男女の役割を明確に描き分けなければならないようなケースの場合、これでは不都合が生じる。セクハラを扱ったケースなどが代表的であるが、この場合には最小限の性別表示として、たとえば「○○さん(男性)」などの表現が用いられる。

新人研修での留意点

 新人研修では、会社業務のイメージがつかみ切れていない新入社員に臨場感を持ってケースに取り組んでもらうために、特別な工夫が求められる。複雑な役割設定は極力避け、直属上司と自分、あるは指導担当の先輩と自分との関係を中心に、同期入社の同僚など、分かりやすい範囲で登場人物を配置することが望ましい。

<5 Check Points>

  1. 登場人物の設定は複雑にしすぎないこと。
  2. 受講者が「自分の立場」として理解すべき人物を主人公に配置すること。
  3. 設定では職位・階層と所掌業務を重視すること。
  4. 性別の設定は必要最小限にすること。
  5. 新人研修では、新人にイメージ可能な範囲の人物配置にすること。