コンプライアンスインストラクター・ハンドブック
(ケース指導編)
参考3 知識学習のためのケース
当課のAさんは、パソコンの操作に長けており、Aさんが作る提案書は課内でも高い評価を得ている。ある日、Aさんは提案資料を作成していたが、大規模な受注に結び付けられそうな案件であったため、いつも以上に気合を入れて提案書作成に取り組んでいるようであった。
上司のB課長は、Aさんから提出された提案書を確認した。サーバー上の共有フォルダを検索し、かつて当課で作成された他社向け提案書の中で、使えそうなページを取り入れたことはもとより、業界団体から公表されている統計報告書の数字を上手に活用していた。その報告書に掲載されていたグラフが非常に印象的であったため、その表現方法もそのまま拝借していた。また、市販の文献からも文章を引用していた箇所があったが、書名を明記していたので問題はないだろうと思った。表紙にクライアント企業のロゴを表示していたが、Aさんによると当該企業のホームページから画像を取り入れたそうである。その他、最近話題になった新聞記事をスキャナーで取り込んで、うまく表現していた。
いずれにしても、Aさんらしい見事な出来ばえであった。クライアントへのアピールは十分にできるはずである。来週のプレゼンに同行する予定のB課長は、文句なしに承認した。
Teaching Notes(抄)
【問題点列挙】
このケースは著作権侵害などの事例を通じて、管理職に身近な知的財産の取り扱いについて考えさせるものである。そのため、著作権法を始め、知財に関する法規制の中で、うっかり勘違いしやすい事項について、問題点として取り上げておく必要がある。
たとえば、統計データには著作権はないが、グラフの表現方法には権利が付着する可能性があること。市販文献の引用時には、書名表示だけでは不十分であること。企業のロゴマークは意匠権などで守られており、無断使用はできないこと。新聞記事にも著作権があること。既存の企画書に記載された情報の中には、他社の知的財産や営業秘密などが含まれるリスクがあることなど、細大漏らさず列挙する必要がある。
【原因分析】
まずは「知らないルールは守れない」という大原則を確認する。そして、最低限の知識を持つことの重要性を強調する。とくに上司に知識がない場合、管理職による承認プロセスが、コンプライアンス的には無意味になってしまう点を指摘する。
【リスク評価】
法令上の罰則規定を示し、知的所有権の侵害行為は、最悪の場合、逮捕者を出す恐れすらあることを説明する。また、このような行為は企業として恥ずべき行為であり、風評被害の原因となり得ることも理解させる。
また、処罰の問題だけでなく、この状況が放置されれば、法令違反の企画書が優れた事例として課内で流通し、より大きな違反を誘発してしまうことも強調したい。
【対策立案】
上司が正しい知識を身につけると同時に、部下全員に周知徹底させることが大切である。もちろん知的財産法の全てに精通することは現実的ではないため、最低限知っておかなければならない知識を身につけると同時に、法務部門などに相談すべき事項に気づくためのセンスを養う必要性も理解させたい。