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コンプライアンスインストラクター・ハンドブック
(入門編)

5.受講者の理解

 兵法では「敵を知り、己を知る者は、百戦危うからず」という。講師にとって受講者は敵ではないが、受講者を知ることなくして講義の成功はありえない。まず、コンプライアンス研修の受講者は経験豊富な社会人であり、大人であることを忘れてはならない。学生時代に先生から受けたようなやり方(子供への講義方法)は大人には不向きである。また、同じ大人でも、階層(職位)や仕事柄により属性は異なるため、個別に教育方法に配慮が必要であろう。

目的の重要性

 教育の世界には、「嫌がる牛を水辺に引っ張っていくことはできても、水を飲ませることは不可能である」という格言が存在する。大人は目的の不明確な学習は行わない。学習それ自体が目的であるはずの学生ですら、目的に気づいたとたんに学習効果は急速に向上する。大人相手のコンプライアンス研修では、まず「なぜあなたがこの研修を受けなければならないのか」という点に気づかせる努力から始めなければならない。

経験と結び付ける

 大人である受講者にあって子供にないものは経験である。目的に気づかせるときも、個々の知識の理解度促進のためにも、この経験を上手に活用したい。「そうだ、あの時これを知っていたらなあ」とか、「なるほど、いつものあの現象は、実はこんなからくりだったのか」というように、経験と知識の結合が行われた際に、大人の学習は最も促進されるのである。それだけに、受講者を十分に理解し、受講者の立場に立って講義内容を検討することが大切になるのである。

実用性の確保

 ドラッカーも述べているように、基本と原則は実務において最も大切なものである。しかし、日々の業務に追われる受講者は、基本と原則を自己の担当業務に置き換えて理解するほどの余裕を持てないことも多い。ましてやコンプライアンス研修で学ぶ内容は、「いざというとき」に備えるものが多いため、基本と原則をそのままの形で講義しても、忙しいから後回しということで、忘却の彼方に葬り去られる恐れがある。「価値ある知識を理解しようとしない受講者の方が悪い」というのは講師として褒められる態度ではない。使える形に加工して伝えることである。実務でそのまま使える形とは、チェックリストの場合もあれば、事例集のこともあるし、ワークシートの形をとることもあるだろう。ポイントは「これなら自分の仕事でも使える」という気持ちにさせることである。

階層(職位)は最重要属性

 コンプライアンス研修は全社的な取り組みである。しかし、あらゆる階層の社員が同席し、同じ講座を受講させることは賢明ではない。自己の役割に応じた研修を受講することが最も効果的である。コンプライアンス研修で考慮すべき「役割」とは、階層(職位)によって規定されるものと考えてよい。したがって一般には、コンプライアンス研修は、階層別研修として企画されるのである。

部門特性にも配慮

 階層のほかに考慮すべき受講者属性として、部門(または職種)があげられる。同じ企業内でも、仕事柄によって職場の雰囲気はかなり異なることが多く、そこで働く社員のメンタリティにも差異が存在する。風土改革もコンプライアンス研修の目的の1つであるとすれば、部門別の風土特性にも配慮しなければならないであろう。

<5 Check Points>

  1. 大人は目的の不明確な学習は行わない。
  2. 大人の学習は経験と結び付くことで促進される。
  3. 大人は実用的でないものには興味を示さない。
  4. コンプライアンス研修の企画は階層別が基本である。
  5. 部門(職種)によって異なる風土特性を軽視してはならない。