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コンプライアンスインストラクター・ハンドブック
(入門編)

18.ケースの作り方

 ケース作成には望ましい手順が存在する。短いケースだからといって、いきなり文章を書いていくのでは完成度の高いケース作成は期待できない。講座設計と同じく、ここでも基本設計を行ったうえで詳細の詰めを行いたい。文章の作成は最後で良いのである。

ケース作成の手順

 コンプライアンス研修で用いるケースは比較的短いものが多い。そのため安易な作成が行われることもある。しかし、学習効果を高めるためにはきちんと手順を追って作成することが大切である。「なんとなく物語風に文章を書いてみました」というようなケースでは学習効果は低いであろう。まず学習目的と学習目標の確認が必要である。そのうえで、その実現に相応しいシナリオ設計を行い、文章作成はそのあとになる。短い文章であるため受講者に行間を読んでもらう必要があるが、シナリオの検討が不十分な場合、出題者が予期しない方向に議論が展開してしまう恐れもある。

学習目的の設定

 学習目的として最も多いのは法令知識の習得であろう。しかし単なる法令学習であれば、前項で紹介したクイズの方が学習効率の点で望ましいであろう。あえてケースメソッドを採用するのであれば、それなりの付随的な効果を期待したい。日常業務でつい見過ごされがちな法令違反のリスクに気づかせたり、法令違反を促してしまうような無言の圧力の存在を直視したりするような学習につなげたい。次に多い学習目的はマネジメント不全のリスクへの気づきである。上司による何気ない指示命令や職場のコミュニケーションミスが重大なリスクにつながるようなケースである。さらに、倫理感の醸成を促すことも目的の1つである。これは新入社員や中途入社社員に「わが社が標榜する企業倫理」を理解させるための研修で見られるものである。

題材の選定

 題材の選定にあたっては、自社のコンプライアンス課題に対応したものであることが必須要件である。取引先との不当な契約を防止したいという課題があれば、下請法や契約法務の領域を扱うことになるであろう。また単なる法令学習に終わらないためには、現場の業務慣行に潜む危険をケースに取り込んだり、その背後にコミュニケーションミスが潜んでいたりするような複雑な題材を工夫することもできるであろう。深い気づきのためには、二律背反の事象(あちら立てれば、こちらが立たず)、長年の慣行でいまさら変えにくいもの、あるいは責任の所在があいまいな課題などを取り上げるとよい。題材を見つけるためには、作成者自身の経験を活かすことはもとより、現場に足を運んで情報を収集する手間を惜しんではならない。

シナリオの検討と文章作成

 いよいよ文章化にかかるが、その前にあらすじ(シナリオの展開方法)を整理しておきたい。具体的には、文章にする前に、箇条書きを作成するのである。たとえば「場面設定」「登場人物紹介」「最初の現象」「続いて生起する現象」「トラブルの発覚」「結果の説明」など、シナリオ展開の順序に沿って箇条書きを書いていき、完結したストーリーを作っておく。そのあとでそれをつなぎ合わせ、必要な言葉を補ってケースとして完成させるのである。このような手順を踏むことで学習効果の高いケースが作成できる。

ケースの情報量

 何度も述べてきた時間の制約に配慮すると、ケースに含まれる文章は400~800字程度が目安となろう。文章量が増えるほど状況理解に時間を要するし、無理に急がせると浅い議論に終わってしまうので注意が必要である。情報不足で不明確な部分は受講者の経験に基づき、合理的な推測に基づいて埋めさせることが望ましい。

<5 Check Points>

  1. いきなり文章を書いても良いケースはできない(手順を追うこと)。
  2. 目的によりケースの性質やストーリー展開は異なる。
  3. 学習目標に合わせて題材を選び、学習ポイントを絞り込む。
  4. 気づきを得られるシナリオ展開を検討し、文章作成はそのあと。
  5. 研修時間の制約を考慮し、無理のない文章量にまとめる。